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福岡地方裁判所 昭和59年(ワ)1314号 判決 1986年7月01日

原告

山中達雄

被告

東十志幸

ほか一名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

1  被告らは、原告に対し、各自金四〇五万七〇二七円及びこれに対する昭和五八年九月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決及び仮執行の宣言。

二  被告ら

主文同旨の判決。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五八年九月一六日午後三時四五分ころ

(二) 場所 福岡市博多区堅粕二丁目一五の一先道路上

(三) 加害車両 普通貨物自動車(福岡四五一一二一九)

(四) 右運転者 被告 東十志幸

(五) 被害車両 普通貨物自動車(福岡四四わ一〇六二)

(六) 右運転者 原告

(七) 態様 被告東は、前記日時・場所において加害車両を運転して進行中、信号に従つて停車していた原告運転の被害車両に追突した。

(八) 傷害 原告は頸椎捻挫、腰部捻挫の傷害を負つた。

2  責任

本件事故につき、被告東には民法七〇九条、被告会社は加害車両を保有し、自賠法三条の各責任がある。

3  損害

(一) 原告は、右頸椎捻挫等の治療のため、昭和五八年九月一七日から同月一九日まで三日間岡崎整形外科医院に入院し、同月二〇日から同年一一月五日まで四七日間柴田整形外科医院に入院したほか、同月六日から昭和五九年七月二七日まで通院し、その間の治療費は金一三一万八四四〇円である。

(二) 原告は、右事故当時玉屋リネンサービス株式会社に勤務していたが、右事故により前記のような傷害を負い、その治療に右(一)記載の日数を要し、その間勤務に就くことができなかつた。その休業損害は金一六四万七四九七円である。

その内訳は次のとおり。

昭和五八年九月分 金七万六五四七円

同年一〇月から昭和五九年六月まで金一六四万七四九七円(一か月の給与一七万四五五〇円×九月)

(三) 慰藉料 金一〇〇万円

(四) 入院雑費 金九万一〇九〇円

二  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因1の(一)ないし(七)の事実は認め、同(八)の受傷の事実は否認する。

以下指摘の事情からして、本件追突事故により原告主張のような負傷の事実はない。

被告東は、本件事故現場である交通整理の行なわれている交差点に進行してきたところ、対面の信号が赤であつたので、同じく信号待ちのため停車中の原告車の約一・五メートル後方に停車した。被告東は、停車後フツトブレーキを踏んでいなかつたが、停車位置付近が僅かに下り勾配になつていたため、被告東車が自然に前方に動きだして原告車に衝突したもので、このときの被告東車の速度は人がゆつくり歩く程度であつた。また、右衝突後、車両に衝突による損傷はなんら存しなかつたばかりか、原告は、事故後「首と腰が痛い、病院に行きたい。」といい出したが、その後自己の仕事(リネンを客先に運ぶ)をかたづけてから受診しており、加えて、原告は、昭和五八年七月二五日に交通事故で負傷し、仕事を一〇日休んだ事実がある。

2  同2の事実中被告会社が加害車両を保有していることは認める。

3  同3の事実は不知。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因1の(一)ないし(七)の事実については当事者間に争いがない。

二  そこでまず原告が本件事故により負傷したか否かにつき判断する。

(一)  成立に争いのない甲第二、三号証、第七、八号証、乙第一号証の三、四、第六号証の一、二、第七号証の一、二、証人鍋山純一の証言及び原告本人尋問の結果を総合すれば、次の事実が認められる。

(1)  原告は、本件事故直後左肩と腰部に痛みを訴え、岡崎整形外科病院で診断を受けたところ、頸腰椎捻挫(左側)、両手打撲の傷害があるとの診断により治療を受け、事故発生日の翌日である昭和五八年九月一七日には嘔気を訴えたため、同日から同医院に入院し、同月一九日、原告の希望で後記柴田整形外科医院へ転院したこと。

(2)  原告は、同日、柴田整形外科医院で診断を受け、傷病名頸部捻挫・腰部捻挫との診断により同月二〇日から同年一一月五日まで入院し、その後昭和五九年一月二七日ころまで同医院に通院し、当初のレントゲン検査によつては頸部及び腰部に特段の異常は認められなかつたものの、主に本人の訴えに基づき腰部等の湿布、鎮痛剤等の投与、骨盤及び頸椎の牽引等の治療が継続され、その間、昭和五八年一一月九日の時点においては、傷病名頸部捻挫、腰部捻挫で、頸椎に関しては、前後屈、両側屈とも著しく制限があり、嘔気、左尺側(手)に知覚障害が認められ、また、腰椎に関しては、前屈制限があるほか、ラサーグテストの結果も陽性で、左下腿に知覚鈍麻が認められる旨の診断を、同年一二月一四日の時点においては傷病名は前同様で、依然として左腰及び左肩に痛みが継続している旨の診断を受けていること。

(二)  しかし他方、成立に争いのない甲第一号証、乙第一号証の一ないし三、同号証の五、第二号証の一ないし五、第七号証の一、二、被告ら主張の写真であることに争いがない乙第五号証の一ないし五、証人宮田直樹の証言並びに原告及び被告東各本人尋問の結果(但し、原告本人尋問の結果中、後記採用しない部分を除く。)を総合すると、本件事故の態様は、被告東が加害車両を運転し本件事故現場付近に差しかかつたところ、進路前方に信号待ちのため停車中の原告運転の被害車両を認め、自らも信号待ちのため被害車両の後方約一・二メートルの地点に一旦停車し、その際、同被告は、ギヤーをニユートラルにしたままフツトブレーキやサイドブレーキを操作することなく助手席の同僚と話を交しているうち、現場道路が進路前方へ僅かに下り勾配になつていたため、加害車両を人がゆつくり歩く程度の速度で前方へ進出させ、前方に停車中の被害車両後部に加害車両前部を衝突させたというもので、右衝突により被害車両が前方に押し出されることもなく、その際の衝撃は、被告東及び加害車両に同乗していた者において、衝突したこと自体気付かなかつた程度のものであつたこと、また、両車両に右衝突による損傷はなかつたことが認められ、右事実からすると、原告が右衝突により受けた衝撃の程度は極めて軽微なものであつたと推認されること(原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は前掲証拠に照らし採用できない。)、鑑定人酒匂崇の鑑定の結果によれば、(1)車両の追突事故による頸椎捻挫は、相当の外力が後方から加わり、頸椎の伸展次いで屈曲が起こり、その結果頸椎の諸組織が損傷され、疼痛や神経症状が出現する。それ故、前示のような本件事故の状況からすると本件事故により原告の頸椎に障害が起きたとは考え難いこと、(2)前記認定のとおり、岡崎整形外科病院で原告に対し、頸腰椎捻挫の他に両手打撲の診断がなされているが、なぜ両手に打撲を起こしたか、事故の状況から理解できないこと、(3)事故当時、追突により上半身が前方に傾斜したと原告は述べているが、追突の衝撃が加わつたのであれば、まず頸椎の後方伸展の運動が強制されるはずであり、奇異の観があること、(4)柴田整形外科医院では、腰痛やラセーグ徴候があり、かなり重度の腰部症状であり、これは椎間板ヘルニアを疑わせる症状で、なぜそれ程の症状が出現したか説明できないとして、以上指摘の理由から原告主張の症状は本件事故とは関係ない旨鑑定していること、加えて、前記認定のとおり、柴田整形外科医院でのレントゲン検査によつても原告の頸椎、腰椎に特段異常は認められなかつたこと等の諸事実に照らして考えると、前記(一)で認定した事実のみから原告が本件事故により原告主張の負傷をしたと認めるにはいま少し足りないというべきであり、他に右主張事実を認めるに足る証拠はない。

三  すると原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないからいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 照屋常信)

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